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富山地方裁判所 昭和28年(ヨ)88号 決定

申請人 全日本造船労働組合日本海重工富山分会

〃(四九五名選定当事者) 井田茂正

被申請人 日本海重工業株式会社

主文

一、申請人等の申請はいずれもこれを却下する。

二、訴訟費用は申請人等の負担とする。

事実

申請人等訴訟代理人は申請の趣旨として「一、被申請人が昭和二十八年十二月十五日附をもつて別紙目録記載の者に対して為した解雇の意思表示は、その効力を停止する。一、被申請人は、右の者等が被申請人の被傭者として業務を行うことを妨害してはならない。一、被申請人は申請人組合と協議をなし、その承認なくして工場閉鎖をしてはならない。」との判決を求め、その申請の理由として、

第一、申請人全日本造船労働組合日本海重工富山分会(以下申請人組合という)は被申請人日本海重工業株式会社(以下被申請人会社という)の従業員四百九十六名を以て組織する法人格ある労働組合であり、申請人井田茂正は、被申請人会社の従業員であり、申請人組合の組合員である別紙人名目録記載の者四九五名(以下別紙四九五名という)より本件仮処分申請について当事者として選定された者である。

第二、被申請人会社は、昭和二十八年十二月十二日頃、別紙四九五名を含む従業員全員に対し、同月十五日附を以て解雇する旨の意思表示をなし、右通知は同月十四日頃右従業員全員にそれぞれ送達された。

第三、然しながら別紙四九五名に対する右解雇の意思表示は次に述べる理由により無効である。

一、本件解雇は、会社整理の目的に反する。

被申請人会社の代表取締役馬瀬金太郎は昭和二十八年十一月二十四日同会社に対する商法第三百八十一条に基く会社整理開始の申立を富山地方裁判所に提起した。右申立の理由は、会社の債務を整理すれば、事業の継続が可能であるというにある。凡そ会社整理の目的は企業を維持せしめて株主、従業員、会社債権者等の利益を保護することにあるのであるから株主、会社債権者の利益の保護を図るのみならず、従業員全体の利益をも保護しつつ企業の継続を図るものでなければならない。とりわけ被申請人会社は造船業を主体とする企業であるから、従業員なくして企業の継続は考えられないところである。然るに、本件解雇は、右整理手続の進行中になされた従業員全員解雇であるから、前記会社整理の目的に背反するものというべく本件解雇は、この点において無効なりといわざるを得ない。

二、本件解雇は公共の福祉乃至公序良俗に反する。被申請人会社は日本海沿岸に乾ドツクを有する唯一の造船会社であり、その設備の特殊性、地理的条件から見て、本件の如き従業員全員解雇に因り、工場施設の火災、ドツクの浸水等の災害を惹起する虞は多大であり、一度かかる事故が生ずれば、ドツク内の船舶はもとより、航行中の船舶にまで危険を及ぼすことが有り得べく保安上その及ぼすべき影響は甚大である。されば、かような従業員全員解雇は結局公共の福祉乃至公序良俗に反し無効というべきである。

三、本件解雇は労働協約の協議条項に違反する。

(一)  申請人組合と被申請人会社との間には、旧労働協約の失効後、無協約状態が続いていたので、組合は昭和二十八年三月頃会社に対し、新たなる労働協約締結のため、団体交渉を申入れ、爾来この点に関し度々団体交渉を重ねて来た結果、同年七月頃右に付き最終妥結を見るに至つた。更に同月二十日頃、会社は右協定内容を成文化した労働協約書(甲第三号証の一)を組合に交付したので、組合は会社に対し、これに会社代表者が署名又は記名押印することを要求したがその都度、会社は、会社代表者の不在、多忙等を理由にこれを引延した。然しながら会社の労務担当の取締役横山星道は、同年八月二十五日頃、右協約の効力の既に発生したことを組合に対し確認すると共に、同月二十一日に遡りこれを実施する旨確約した。而してその後本件解雇に到るまで、右協約は実施されていたところ、同年十一月二十七日、会社は前記労働協約書に署名又は記名押印することを拒絶する態度に出て、同年十二月三日に至るや、右協約の無効を主張し、工場閉鎖、従業員全員解雇を取締役会の決議により決定した旨組合に通知して来た。そこで組合は、右協約書に署名又は記名押印を求むべく、会社に対し、団体交渉を続けたのであつたが会社は容易にこれに応ぜず同月九日団体交渉は決裂したので同日組合は富山地方労働委員会に対し右労働協約書に署名又は記名押印を求める斡旋方を申出た。翌十日、同委員会より、会社、組合の双方に対し、「一、会社と組合は本年六月二十七日の団体交渉において一応諒解点に達した労働協約(本年七月会社に於て印刷配付した労働協約書)の趣旨を尊重し、互に信義誠実の原則に基き事態の収拾につき円満解決に努力すること。二、労使協議が整わないときはその事項につき富山地労委の調停に附することができる。三、労働協約の趣旨について労使の見解が異なるときは当委員会の解釈による」との斡旋案が提示された。組合は翌十一日これを受諾したが会社側はこれに応じないので、翌十二日開かれた団体交渉の席上組合がこれを追求したところ、会社はこれを全面的に受諾する旨言明したのであるが翌十三日に至り前言を飜してこれを拒否した上、別紙四九五名を含む従業員全員に対し前記解雇の通知を発したものである。

(二)  会社と組合との間で締結された労働協約は書面に作成されたものであるけれども両当事者の署名又は記名押印を欠いているから労働組合法第十四条の要求する適式の労働協約とはいえないけれども、既に前述の如く、その間に協定は成立している上に、書面の作成によりこれを明確にしており、且つ会社においてその効力を確認し爾来労使間において、右協約の条項を適用実施して来たものであるから労働協約本来の効力というべき規範的効力は有するものというべきである。

(三)  さて右労働協約第三十六条には「会社は企業整理等已むを得ない事由により従業員の整理を行うとするときはその都度組合と協議決定する」と規定しているのであるから会社は、本件解雇にあたつては右規定に則り、組合と協議決定すべきものであるに拘らず会社は右協約は無効であるとの見解の下に解雇に付き組合と協議する意思は全然無く、唯単に本件解雇に伴う退職金についてのみ協議に応じようとする態度をとり、解雇の適否については全然組合と協議を為すことなく、一方的に前記解雇処分に出たものであるから、本件解雇は、右労働協約の協議条項に違反するものとして無効というべきである。

四、本件解雇は、就業規則の協議条項に違反する。現行就業規則第七十三条には「左の各号の一に該当するときは三十日前に予告するか又は三十日分の平均賃金を支給して解雇する。(以下同項但書及び第二項は略す)

1、精神又は身体障害により業務に堪えないと認めたとき

2、やむを得ない事業上の都合によるとき

3、その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき」と規定されてあり、同規則第八十一条には、この規定の適用については「組合と協議する」旨規定されているから、会社は本件解雇の如きやむを得ない事業上の都合により従業員を解雇するときは組合と協議決定しなければならないのに拘らず、前述の如く、協議を経ずして之をなしたものであるから無効と解すべきである。

五、本件解雇は、就業規則第七十三条に規定する「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当せざるのみならず解雇権の濫用である。

被申請人会社は、事業の継続不可能を理由として、本件解雇の意思表示をなしたものであるが、会社が今日の如き事態を惹起したのは、会社経営陣が誠意を以て会社の経営及び債務整理の実行に当らなかつたためである。また会社の現状は決して事業の継続不可能の状態ではなく、目下仕掛中の給水船、曳船等の建造を続行するとともに、タンカー船、漁船、その他貨客船の受註修繕をなし、債務を整理する等合理的な生産計画を立てて誠心誠意事業の遂行に当つたならば、事業の継続は可能と考えられる。従つてかような段階における従業員全員解雇は未だやむを得ない事由に該当しないばかりでなく、解雇権の濫用として無効というべきである。

六、本件解雇は憲法第二十五条、第二十八条に違反する。

本件解雇により唯一の収入の途を絶たれた申請人井田等は多数の家族と共に餓死一歩手前に押しやられ路頭に迷う悲惨な状況に追いやられているのであつてかかる結果を惹起した本件解雇は憲法の保障する生活権並びに勤労者の団結権を不当に剥奪したものというべく、従つて憲法第二十五条第二十八条に違反する違法な解雇というべきである。

七、本件解雇は、労働基準法第二十条に違反する。

会社は、本件解雇の意思表示をなすに当り、解雇通知書に解雇予告手当は平均賃金の三十日分を昭和二十八年十二月十五日午前九時から午後四時までの間に、本社経理課又は新湊工場総務課に於て支払うとのみ付記しただけで、具体的に予告手当の提供を欠いている。かように、予告手当の現実の提供を欠く解雇の意思表示は労働基準法第二十条の法意に照し、その効力を生じないものというべきである。

八、本件解雇は不当労働行為である。

前記第一の三項で述べた通り、会社と組合との間には既に労働協約が締結され、その成文化した書面が作成されてあるにも拘らず、会社は組合の再三にわたる署名又は記名押印を求める要求に対し、会社代表者の不在、多忙等を理由にしてこれに応じないので止むなく組合は、昭和二十八年十二月四日右署名の点について、会社に対し団体交渉を申入れた。然るに会社は故なくこれを拒否して本件解雇処分を行つたのである。会社の右拒否は労働組合法第七条第二号の不当労働行為に当るものと解すべきであり、本件解雇は、これに基因してなされたものというべきであるから、本件解雇もまた不当労働行為というべく従つて解雇の効力は否定すべきである。

第四、被申請人会社は、申請人組合に対し労働協約書(甲第三号証の一)に署名又は記名押印すべき義務がある。

前記の如く会社と組合との間には既に労働協約が締結され、その成文化した書面が作成されてあるにも拘らず、会社は、組合の再三にわたる署名又は記名押印を求める要求に対し、会社代表者の不在、多忙等を理由に応じないばかりか、これを拒否する態度に出た。しかしながら、かように協約締結当事者間に協定事項について最終的合意が成立し、しかもそれが書面に作成されているにも拘らずこれに署名又は記名押印すべき段階に至つて、当事者の一方がこれを拒んだ場合にあつては、相手方はその履行を裁判所に訴求しうるものと解すべきである。而して右勝訴判決が確定したときは、署名又は記名押印をなすべき義務が発生した時期まで右判決の効力は遡及し、その時において署名又は記名押印がなされたものと解すべきである。そうだとすれば本件解雇については前記労働協約第三十六条、工場閉鎖については同第七条「会社は事業の休廃止、長期休業、操業短縮、機構改正その他従業員に影響を及ぼす事項については組合と協議しなければならない」との規定にそれぞれ違反するものといわざるをえない。

第五、仮処分の必要性について

申請人等は、被申請人会社に対し、本件解雇無効確認及び労働協約書に署名又は記名押印すべき訴を起すべく準備中であるが右判決確定に至るまで現状のまゝに放置されるにおいては、別紙四九五名の者はいずれもその家族と共に経済的窮迫に追込まれるばかりでなく失業者として社会的に於置される精神的苦痛は忍び難いものがあり、申請人組合にとつても、その全構成員が会社から従業員として取り扱われず、右の如き状態に放置されるにおいては、その組合活動に甚大なる損害を及ぼすこと明らかである。また会社は、本件解雇と共に工場閉鎖の挙に出たのであるが、右工場閉鎖は申請人組合との協議を経ずしてなした違法があるのみならず、申請人組合の解散を企図して集団的永久的解雇の下に作業場閉鎖をなした違法がある。申請人等がこのために受ける損害及び苦痛は忍び難いものがあるから本件仮処分を求める次第であると述べ、

第六、申請人組合に当事者適格なしとの被申請人会社の主張に対し

一、組合の本件仮処分申請の被保全請求権は会社に対する前記労働協約書に署名又は記名押印すべきことを求める請求と別紙四九五名に対する解雇の意思表示の無効確認を求める請求である。

二、労働協約書に署名又は記名押印を求める請求は、組合と会社との間の労働協約締結に関する紛争であるから組合に当事者適格あることは明らかである。

三、而して別紙四九五名に対する解雇無効確認の請求については

(一)  一般に労働組合がその組合員の権利を擁護することを目的とする団体である以上、組合員の権利が使用者の行為により侵害された場合、組合は組合員の権利を保護するために当然その名において使用者に対し、組合員に代つて訴求しうる権能を有するものである。

(二)  本件解雇の如き全従業員の解雇は、従業員を以て、組織する組合にとつて重大な利害関係があるから、組合は、それ自身の団結権を擁護するために組合員の解雇無効確認を会社に対して訴求しうる権能を有する。

(三)  組合は、組合員たる別紙四九五名から昭和二十八年十二月二日及び同月十四日の組合大会において、全員一致の決議により、右の者等に対する解雇に関する仮処分申請を提起する権能を附与されたものであるから、組合はこの点から見ても本仮処分申請について当事者適格を有するものというべきである。

第七、別紙四九五名はいずれも解雇を承認したものであるとの被申請人会社の主張に対し、右の者等が会社主張の如き解雇予告手当及び退職金を受取つた事実はない。

もつとも、昭和二十八年十二月二十五日会社と組合との団体交渉において、会社はその再建のため組合の提案する再建委員会の構想を承認し、その構成員の人選を組合と協議の上速かに行うことに合意が成立したので、組合員は違法な本件解雇によつて、生計の途を断たれ、甚しく生活に困窮し将来に不安を感じていた折柄、会社のいわゆる「解雇予告手当」及び「退職金」を右再建委員会の発足を条件として、その再建のための「立上り資金」(再建までの賃金若しくは休業手当)として受領する旨を、会社に対し明確に表示した上、同月二十六、九日の両日右予告手当と退職金の三分の一の金員をそれぞれ受領した事実はある。しかもその後、右の趣旨にて受領したものであることをさらに明確にするため、昭和二十九年一月十三日組合名義で会社宛に「解雇予告手当並びに退職金三分の一の受領に関する件」と題し、再建立上り資金として受領したものであることを重ねて通告した。しかのみならず、右金員受領に先立ち、右の者等に昭和二十八年十二月十四日頃それぞれ送達された解雇通知書は翌十五日組合によつて一括して会社に返上し、以て、本件解雇に対し承服できない意思を会社に表明し、更に、富山地方裁判所に本件仮処分申請をなし、本件解雇に対し、あくまで争う意思を明確にしているから、会社の前記主張は失当というべきであると述べた。(疎明省略)

被申請人訴訟代理人は「申請人等の申請を却下する。訴訟費用は申請人等の負担とする。」との判決を求め、

第一、申請人組合には本件仮処分申請について当事者適格を欠く。即ち組合が別紙四九五名に代つて本件仮処分申請をなしたものとすれば、右の者等は一方では選定当事者井田茂正を当事者としながら他方では、組合を当事者としていずれも右の者等に対する解雇無効確認を本案とする本件仮処分申請をなしていることになり、相互に矛盾する結果となる。されば、組合は本件の当事者としての適格を欠くものといわざるを得ない。

また解雇無効確認請求は、被解雇者個人の雇用契約の存否に関するもので現行法上被解雇者を組合員とする組合が当然組合員の右権利を行使することが許されているものとは考えられない。この点から考えても組合には本件の当事者適格を認めるに由はない。

第二、

一、申請人等主張事実中第一、二項は認める。もつとも別紙四九五名は本件解雇処分後いずれもその解雇を承認したから、現在は、被申請人会社の従業員ではなく、申請人組合の組合員でもない。

二、第三項の一の事実中、被申請人会社の代表取締役馬瀬金太郎が昭和二十八年十一月二十四日富山地方裁判所に被申請人会社に対する商法第三百八十一条に基く整理開始の申立をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。会社整理に際し、企業を再建せんため採るべき措置は、具体的場合に応じて多種多様であるのが当然であつて、場合によつては従業員を整理して企業の再建を図ることもありうるのである。従つて従業員の解雇をもつて直ちに整理の目的に反するものとはいゝえないのであつて、会社の整理と解雇の効力とを強いて結びつけようとする申請人等の主張は唯強弁であるというの他ない。

第三項の二の事実は否認する。

第三項の三の事実中、昭和二十八年三月頃より申請人組合は被申請人会社との間に労働協約締結の為、度々団体交渉を重ねて来たことは認める。

被申請人会社の取締役総務部長横山星道が申請人組合に対し昭和二十八年八月二十五日頃申請人等主張の如く労働協約の効力を確認したか否かは不知。

その余の事実は否認する。

第三項の四乃至八の事実はいずれも否認する。

被申請人会社は昭和二十八年十二月一日から数回に亘る申請人組合との団体交渉において、本件解雇の已むを得ざる所以を充分説明し協議を遂げた上で本件解雇に及んだものであり、右解雇に当つては、資金的に行き詰つていた被申請人会社としては少しでも被解雇者の利益になるようにと、能う限りの努力を傾注し、誠意を尽して、被解雇者に解雇予告手当並びに退職金を支給したものである。

三、第四項の事実は否認する。

四、第五項の事実は否認する。被解雇者はすべて解雇予告手当及び退職金を受領している現状であつて、本件仮処分の必要性は全く存しない。

第三、主張として、

本件解雇処分後別紙四九五名は、昭和二十八年十二月二十九日迄に、全員解雇予告手当及び退職金を受領し、右解雇を承認するに至つたものであるから、本件申請は既にその基礎を失つたものというべく却下さるべきものである。と述べた。(疎明省略)

理由

第一、当事者間に争のない事実

申請人組合は、被申請人会社の従業員を以て組織する法人格ある労働組合であり、申請人井田茂正は、右会社の従業員で右組合の組合員である別紙四九五名より当事者として選定せられたものであること。被申請人会社は昭和二十八年十二月十二日頃右の者等を含む会社従業員全員に対しいずれも同月十五日附を以て解雇する旨の意思表示をなし、右意思表示は同月十五日頃右従業員全員に通知されたこと。

右会社の代表取締役馬瀬金太郎が同年十一月二十四日富山地方裁判所に、被申請人会社に対する整理開始の申立をなしたこと。同年三月頃より会社と組合との間に労働協約締結の団体交渉が度々重ねられたことは当事者間に争いない。

第二、申請人組合の当事者適格について

申請人組合は、組合員である別紙四九五名に対する解雇無効確認の本訴と、労働協約書(甲第三号証の一)に、被申請人会社の代表者の署名又は記名押印することを求める本訴を前提として本件仮処分申請をしていることは申請人組合の主張自体によつて明らかである。

そこで先ず、解雇無効確認請求について、組合に当事者適格があるか否かについて考えてみるに、解雇無効確認の訴は会社と被解雇者である別紙四九五名各人との間の雇傭契約に基く法律関係のなお存続することの確認を求めるものに外ならないからその法律関係の当事者とはいえない労働組合に、現行法上、当然かような法律関係について、これを管理処分する権能を認める根拠に乏しいものといわざるをえない。

また申請人組合は本件仮処分申請は、組合員である別紙四九五名から訴訟をなす権能を組合大会に於て特に附与されたものであると主張するが、かような訴訟信託については組合規約にこれを規定した定めはなく、また、現行法上、法律の規定に準拠せずして単に当事者間の任意的な訴訟信託によつて第三者に訴訟追行の権能を認めることは、弁護士代理の原則、信託法第十一条の法意に照し許容し難いところであるといわざるをえない。しかのみならず別紙四九五名は他方において、申請人井田茂正を選定当事者として本件仮処分申請に及んでいる点から考えても申請人組合の右主張は当を得ないものというべきである。

なお申請人組合は、本件解雇の如き全従業員の解雇は、従業員を以つて組織する組合にとつては重大な利害関係を有するから申請人組合は組合の団結権を擁護するために、その組合員である別紙四九五名の解雇の効力の確定を求める法律上の利益があると主張するからこの点につき考えて見よう。

本件解雇が被申請人会社の従業員全員の解雇であること及び申請人組合は右従業員を以て組織する法人格を有する労働組合であることは当事者間に争なく、成立に争のない甲第二号証によれば申請人組合の組合規約には、「この組合は被申請人会社の従業員を以て組織する。」「従業員はすべて組合員とならねばならない」旨の定めがあることが認められる。かような規約の存する場合には、解雇せられた者は、その解雇の効力を争わない限り、賃金、退職金等の支払の終了を以て、当然組合員たる地位を失うものと解すべきであるから、かかる場合においては、組合は、従業員全員解雇によりその全構成員を失うことになり組合員自体の存在まで否定される結果となるが、本件の如く、被解雇者がその解雇の効力を争つている場合には解雇の有効なることが確定する迄は、当然には組合員たる地位を失わないものというべきであるから組合もまたその限りに於て、構成員を失うことなく存続するものというべく、従つて申請人組合は、本件解雇の無効確認を求むべき法律上の利益を有しないものと解すべきである。しかのみならず、かような場合においては、被解雇者本人に解雇無効確認の訴を許しそれを支援することによつて、組合の団結権は事実上保障せられるのであるから、特に組合自身がその訴を提起する必要もないわけである。

次に、労働協約書に署名又は記名押印を求むる訴訟につき申請人組合に当事者適格を有するか否かにつき考えてみるに、協約締結当事者間に最終的妥結を見てその協定事項が成文化したにも拘らず、それに署名をなすべき段階に至つて当事者の一方が不当に署名又は記名押印を拒んだ場合には相手方はその署名又は記名押印を、民事訴訟によつて訴求しうるものと解せられるから、協約当事者である申請人組合は右請求を被保全権利とする本件仮処分申請について当事者適格を有するものと考える。

第三、会社の経理状況

成立に争のない甲第十八、第三十六、第三十八、第四十六、第四十七、第五十、第五十一、第五十二、第五十三号証及び弁論の全趣旨により、成立の認められる甲第三十七号証に証人福田勘太郎の証言を綜合すると次の事実が一応認められ、この疎明を左右するに足る資料はない。

一、被申請人会社は、昭和十五年十月三日資本金三百五十万円で日本海船渠株式会社として設立せられ、昭和二十六年八月株式会社佐賀造船鉄工所を合併して現在の名称に改称された資本金二千四百五十万円の株式会社で、各種船体艦船の建造及び修理、各種船体の解撤工事、鉄骨鉄筋等の建物構築物の建造及修理、船舶用機関の製造及び修理、車輛の製作及修理、鉱山土木其の他の諸機械の製作及修理、船舶の救助、貸船曳船及運送業其の他之れに関連する一切の事業を目的とするものである。

二、同会社富山工場(本店所在地)は富山市富岩運河の河口、富山港南端にある。同所は日本海の中央に位置し、日本海航行船舶の保安上絶好の地点である。同会社は昭和十四年当時において日本海沿岸に乾船渠施設を有する造船所がなく、日本海航行の船舶が多大の不便と不安に曝されていたので、前記地理的条件に着眼して日本海航行船舶の保安修理を意図して、富山県下の著名実業家が発起人となつて設立したものである。

三、このようにして設立された会社は、日本海沿岸唯一の一万噸乾船渠を有する造船所として、昭和十六年海軍艦政本部より一千トン以上の鋼鉄船建造能力ありと認定せられた甲造船所に指定せられ、戦時中主としてD型貨物船(二、八〇〇重量噸)の建造、海防艦の建造及修理に従事して来た。このようにして戦時中はかなりの業績を挙げ得たのであるが、終戦となるや、悪性インフレと資材難船舶需要の僅少に直面したので、船舶の建造並に修繕を主業とする傍ら新たに車輛部門を設け更に鉄骨建築鉄鋼構造物諸機械の製作を併せ行うこととした。昭和二十二年度より政府の計画造船の進められるや、第三次船「和玉丸」続いて第五次外航船「あまぞん丸」の受註に成功したが、昭和二十五年六月勃発した朝鮮動乱に因る資材の値上り、業界における激烈な競争に起因する生産単価の切下げ等により多大の損失を免れ得なかつた。かかる情勢下にあつて、会社は第七次計画造船の受註に大きな期待をかけたのであつたが、昭和二十六年三月右受註は不成功に終つた。このため、会社は金融難に陥り、賃金不払に因る労働争議をも惹起し、経営は著しく不振を極めた。ここに於て、富山県知事等の斡旋により、同年八月経営陣を刷新し、株式会社佐賀造船鉄工所を合併し、日本海重工業株式会社として、新発足し、債権者の協力を得て、旧債権を一時棚上し、金融機関の協調融資を得て、昭和二十七年八月第八次計画造船安土山丸の受註に成功し、その建造に成果を挙げ、旧債の束縛から漸次開放されるに至り会社の建直しは僅かながら前途に曙光を見るに至つた。茲において、第九次計画造船の受註に多大の期待をかけたのであるが、偶々昭和二十七年度期末における衆議院の解散により昭和二十八年度予算の成立が遅延したため受註の決定が遅れ業界の一部は事実上操業休止の状態に陥り、このため受註の争奪は激烈を極めた。会社もこれに必死の努力を傾注したのであつたが遂に第九次船の受註は不成功に終つた。一方ソ連、中共、韓国等に対する国際情勢に起因し、日本海方面の就航船舶の数は依然として僅少であるため、修理船の発註は至つて閑散であり、陸上車輛方面では、国鉄独立採算制の採用以来受註皆無の状況となる等悪条件山積し、且つ旧債の残存せるものから厳しくその返済を迫られるに及び、昭和二十八年九月頃より、従業員に対する賃金の支払にも困難をきたし、このまゝに推移せんか企業は自滅を免れえないという会社経営にとつて再び重大な破局に直面するに至つた。

そこで会社は、かような状況下にあつて、当分海運界及び造船界の好転するまで企業の操業を休止し、その間他に現有工場施設を転用しうる事業にて厚生の途があればそれに転換して活路を見出さん意図のもとに従業員全員解雇を伴う工場閉鎖の措置を採ることを決意し、馬瀬代表取締役の名をもつて同年十一月二十四日同会社に対する会社整理開始の申立を富山地方裁判所になし、同年十二月十五日六百余名にのぼる従業員全員を解雇し、併せて工場を閉鎖し現に操業を休止中である。(もつとも整理開始の申立は昭和二十九年二月六日取下げた)

四、而して同年十一月二十七日現在における会社の財産状況は債務超過額四千万円以上で資産再評価に依れば資産超過額は二億円以上に達している。

然し財務比率から見てこれを他の中小造船所(名古屋造船、名村造船、凾館ドツク外一社)に対比すると、同会社は

イ、固定資産に比して自己資本が寡少である。

ロ、負債が極めて大きい。

ハ、固定資産に比して流動資産が少ない。このことは固定資産の利用が充分でないか或は生産量が少ないことを意味する。

の諸点において会社の資本構成に堅実性を欠き経営は極めて不振であるといえよう。

五、わが国造船界の現況は年間八十万屯の造船能力を有しているのに対し、第十次計画造船は二十万屯であり、昭和二十八年九月現在に於て、船台数四十二台中使用中の船台は僅かに七台に過ぎずしかも計画造船量は昭和二十七年を最高として毎年低下の一途を辿らんとする状勢にある。

而して造船業界では、昭和二十九年度における新造船総量は、三十万屯止りでこれは昭和二十七年度の四割減、昭和二十八年度の約三割減であり従つて、これに小型漁船などの雑工事を含めるとしても五十万屯を超えることはまずないと観測されている。加うるにわが国の船舶建造費が諸外国に比して遙かに上廻つている現状では外国船舶の受註は多く期待されない。かような情況下にあつては、昭和二十九年度は、さらに受註競争に拍車を加えるべく、大手造船所はともかくとして被申請人会社の如き中小造船所は場合によつては出血受註を余議なくされ、経済情勢及びソ連、中共、韓国等に対する国際情勢の好転なき限り前途に曙光を見出し難いものといわざるをえない。

第四、被申請人会社と申請人組合との間の労働協約について、成立に争いのない甲第三号証の一、二、同第七乃至第九号証、同第十一、十二、第十五号証、同第十九乃至第二十四号証、同第三十九、第四十、第四十三、第五十三号証、証人上野康久の証言により成立の認められる甲第五、第六、第十、第十三、第十四、第三十、第四十五号証及び同証人の証言、証人萩野与四正の証言、証人福田勘太郎の証言の一部を綜合すると次の事実が一応認められ他にこの疎明を左右するに足る資料はない。

一、組合と会社との間には昭和二十二年九月二十日締結された旧労働協約があつたのであるがその失効後は長く無協約状態が続いたので、昭和二十八年一月八日組合は会社に対し新たに労働協約締結方を申入れた。会社もこれに応じ、その後両当事者間に屡々団体交渉が行われ、更に小委員会を設け逐条審議の上、同年六月二十七日全条項に亘り双方の意見の合致を見るに至つた。

もつとも、その際会社の馬瀬代表取締役が上京中で不在であつたので協約書に対する各代表の調印は他日、日を打合せて会社代表者と組合代表者一堂に会してこれを行うこと。及び右協約の実施は調印の如何に拘らず同年七月二十一日からこれを行うことを約し、会社は同年七月二十日右協定事項を整理しこれを成文化した労働協約書(甲第三号証の一)なる印刷物を組合に交付した。同年八月頃たまたま組合員の有給休暇について新協約が適用されていないことが判明したので、組合より会社にその旨を問い合せたところ、取締役横山星道より賃金計算の関係上、同年八月二十一日から実施する旨通告があつた。その後本件解雇に至るまでの間、特別有給休暇、退職金規程、団体交渉員の通告、休日休暇等協約書に規定された条項に該当する事実が発生したときは、すべて右協約書の規定を適用していたが、この点につき会社と組合との間には別に紛争を生じたことはなかつた。

二、ところが昭和二十八年十二月三日会社は文書をもつて、無協約であるから会社は一方的に解雇できる旨組合に通達して来たので組合は翌四日直ちに会社に対し右協約書に署名又は記名押印を求める団体交渉の申入れをなしたが、会社が応じないので同月九日富山県地方労働委員会に対し、この点の斡旋方の申入れをなした。同委員会は、翌十日、会社、組合の双方に対し、申請人等主張の如き内容の斡旋案を提示したところ、組合はこれを全面的に受諾したが、会社は、条件付でなければ受諾し難い旨を回答したので組合はこれを不服として、同月十二日会社とこの点につき団体交渉をなした結果、会社側は、一時右斡旋案を全面的に受諾する旨の意向を示したが間もなくこれを撤回したので結局右斡旋は不調に終り現在に至るまで右協約書には、当事者双方の署名又は記名押印はなされていない。

第五、本件解雇に至る経過

前記第三号証の一、二、同第十八、第二十三、第二十四、第三十、第五十三号証、成立に争のない甲第二十五乃至第二十七号証、同第二十九号証、証人上野康久、同福田勘太郎の各証言を綜合すると次の事実が一応認められ、他にこの疎明を左右するに足る証拠はない。

一、被申請人会社は前記の如き経営難に陥つたため、昭和二十八年十一月二十日過ぎ頃、取締役会を開き、工場閉鎖、従業員全員解雇を実施することを決議した。

二、然る後、同月三十日に至り、馬瀬代表取締役より従業員に対し整理開始の申立を富山地方裁判所に提出し、それが受付されたこと及びそれに至るまでの経過について説明があつたが、翌十二月一日開かれた団体交渉の席上、会社側より数字を以てする受註、金融等に関する説明がなされた後、福田常務取締役より工場閉鎖、従業員全員解雇せざるを得ない旨の発言があつた。事の重大性に驚いた組合は、翌二日臨時組合大会を開き、工場閉鎖、全員解雇に断呼反対し、工場再建、完全雇傭、完全就労を以て斗い拔く基本方針を可決し、同日さらに団体交渉を続けた。席上、福田常務より第十次船の受註の保証がない限り、この儘では毎月一千万円の赤字を続けねばならず、金融機関からの融資も期待しえず、受註もすべて赤字であるから、この際業種転換して活路を開かざるをえない旨の解雇事由の説明があつた。これに対し組合は、会社が僅か二週間前の株主総会では造船業に邁進する旨報告し、整理開始の申立書の理由にも造船業を継続し再建の確信ありと述べているのに拘らず、かような措置をとるのは不当であると、会社の態度を追求したが。交渉はそれ以上に進展しなかつた。

翌三日、会社は組合に対し「取締役会の決議により工場を廃止し、全員解雇することに決定した。無協約であるから法律上会社は一方的に之を断行できるのであるが、出来得れば組合の同意を得て円満に退職金等を支払い度い」と記載した文書を交付した。そこで組合は翌四日開かれた団体交渉に於て、前記労働協約書に署名又は記名押印すべきことを強く要求したが、会社側は回答を翌日に延ばしたためその日は進捗せず翌五日も、この点に関する交渉に終始して進行を見ず、ただ組合側よりの全員解雇後の経営方針の質問に対し、会社は、工場を保存警備するため数十名の人員を雇い、工場内にある日本海コンクリート工業株式会社の業務にも従事せしめて、その経費を生み出し、銀行の利息については、右コンクリート会社の賃貸料等を以て当て、一、二年後の情勢の変化を待つて造船所として再建したい旨説明があつた。さらに同月八日、団体交渉は再会されたが、会社側は組合側の要求により、同年十一月三十日の社長の説明直前の双方白紙の状態に戻して改めて会社の経営状況の説明から入ることを約し、次いで馬瀬社長就任より現在迄の金融に関する説明があつた。翌九日は、前日に引続いて会社の現況から将来の方針に関する説明に入つたが、横山総務部長、今市経理課長不在のため書類上の充分な説明ができなかつた。組合はこの席上、会社経営陣の企業努力の不足を訴え、小型船舶、陸上工事等に活路を見出すべきであると力説した。翌十日、組合は富山地方労働委員会に協約書署名に関する斡旋の申立をなしたところ、会社が右地方労働委員会の斡旋案の全面的受諾を拒絶したので組合側の態度も硬化し、同月十二日午後四時半、会社側馬瀬社長、福田常務等、組合側井田委員長、上野書記長等こぞつて出席の上開かれた団体交渉の当初において、組合側は、右地方労働委員会の斡旋案を受諾しない会社側の不誠意を難詰したところ、会社側は漸く右組合側の要求を容れる態度を表明したので、休憩に入つたが、同夜八時四十分頃右交渉は一応打切られた。翌十三日、会社側は、充分協議を尽したからこれ以上、協議を重ねるのは徒らに日時を経過するのみと解して、同月十二日附の解雇通知を従業員全員に発し右通知は翌十四日頃それぞれ送達された。組合は、直ちに全組合員よりこれを回収し、翌十五日、これを一括して会社に返上し、同日富山地方裁判所に本件仮処分申請を提起し、更に会社と団体交渉を重ねたのであるが結局妥結を見るに至らなかつた。

第六、本件解雇の効力

一、本件解雇は労働協約の協議条項に違反し無効か。まず、申請人組合と被申請人会社との間に労働協約が本件解雇当時存在していたか否かについて判断する。

前記第四において認定した事実に徴すれば、本件解雇当時会社と組合との間には、団体交渉の結果最終的妥結をみるに至つた協定事項が成文化され、かつそれを昭和二十八年八月二十一日以降本件解雇に至るまで実施していたことが認められるけれども、右は両当事者の署名又は記名押印を欠いているのであるから労働組合法第十四条に定める形式的要件を備えていないものといわざるをえない。労働組合法が労働協約につき、かように厳格な形式的要件を要求しているのは、協約が集団的、継続的な関係を設定するものであり、一度それが成立されるや、その効力は私法上の契約に比して著しく強い点に稽み、労働協約の確実性を保持せんがためである。従つて、労働組合法第十四条所定の要件を具備せざる協約は、同法により認められる規範的効力(同法第十六条)一般的拘束力(同法第十七、十八条)は有しないものといわざるをえない。もつともそれは市民法上の単なる契約としての効力を生ずることはありえようが、それからは、たといその協約中に解雇の制限規定があるとしても、使用者の解雇処分を無効ならしむる効力は生じない。

従つて、前記甲第三号証の一によれば、会社と組合との協定事項を成文化した労働協約書第三十六条には「会社は、企業整備等已むを得ない事由により従業員の整理を行うとするときは、その都度、組合と協議決定する」と規定されているけれども、右協約書は、両当事者の署名又は記名押印を欠いているから、仮に本件解雇処分が右条項に違反してなされたとしても、それをもつて直ちに、解雇の効力を失うものではない。もつとも、昭和二十八年八月二十一日より本件解雇に至る迄会社と組合及び組合員の間において、右協約書に定めた諸規定を実施していたことは前段認定の通りであるが、これは事実上、それが実施されているに過ぎず、このことを以つて、右協約書の内容に労働組合法第十六乃至十八条所定の効力を有するに至つたものとは到底解し得ないところである。

二、本件解雇は、就業規則の協議条項に違反して無効か。

(一)  成立に争のない甲第十六号証によれば会社の就業規則には左の条項があることが認められる。第七十三条「左の各号の一に該当するときは三十日前に予告するか又は三十日分の平均賃金を支給して解雇する。但し天災地変その他やむを得ない事情のために事業の継続が不可能となつた時又は従業員の責に帰すべき事由に基いて解雇するときはこの限りでない。(二項略)

1、精神又は身体障害により業務に堪えないと認めたとき

2、やむを得ない事業上の都合によるとき

3、その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき

第八十一条「第四、第六、第十七、第六十九、第七十三、第七十七条の規定の適用については組合と協議する」

(二)  従つて、本件の如く会社が企業整理、工場閉鎖のためになす従業員の解雇は一応、右七十三条の「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当する解雇というべきであるから右第八十一条に従い組合と協議してこれをなさねばならないわけである。

(三)  右第八十一条の「組合と協議する」の解釈としては、就業規則が労働協約と異り本来使用者の一方的に制定するものである点。前記労働協約書(甲第三号証の一)には、その第三十六条に従業員の整理については、「組合と協議決定する」旨規定しながら、同第三十四条、第二十二条には単に「組合と協議する」の字句を用いており、第十条に於て、「この協約において、協議決定又は協議決定事項とは、会社と組合の意見の一致によつてこれを行うもの又は行う事項を、協議又は協議事項とは、会社と組合が、意見の一致について協議するも一致しない場合において、会社が、その意思の決定によつて行い得るもの又は行い得る事項をいう」と規定されている点を参酌すると「従業員の解雇については、会社は独断で行わず、組合の意見を聞き、なるべく意見の一致をみるように努力すべきであるが、組合がこれを拒否する場合は、一方的に解雇することができる。」ということができよう。

(四)  前記第三及び第五の事実関係に徴すれば、会社はその経理状況より考えて、そのままで推移することは結局会社の破滅を意味することになり、現在の危機を打開するために従業員全員解雇を伴う工場閉鎖という会社の採りたる非常措置もまた資本主義経済体制の下においては、あながち違法として咎め得ないものがある。

右協議における会社の態度において、労働協約書(甲第三号証の一)に先ず署名又は記名押印することから始むべしという組合の要求をあくまでも拒否した点や、自説を固執しすぎて組合側を納得せしめる上において信義を欠くふしがないでもないが、組合もまた危機寸前にあり早急を要する会社の現状に深く思いを致し、進んで実質的審議に入り積極的な再建案、或は一部解雇案を提示して、討議に付すべきであつたと考えられる。かように組合側の態度においても会社の現状に照し自説に固執しすぎたと思われるふしがないわけでもない。以上の如き事情を綜合して考えると、会社が時日の遷延を許さずとして解雇を発表するに至つた前記態度をもつて、就業規則の協議条項に違反する無効のものとはいい難いものがある。

三、本件解雇は、就業規則第七十三条に規定する「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当するか。或は解雇権の濫用として無効か。

前記第三乃至第五の事実関係に徴すれば、会社をしてかような窮境に陥らしめた一半の責任は、従来の会社経営陣の弱体と熱意の不足にも帰せられることは否めないが、今となつては、如何ともしがたいところであり、かような窮境を打開するためには、従来の規模のまま現在の造船事業を続行することは到底不可能と思われる。

従つて、これを打開するには、或は企業を大幅に縮少して合理化を図り、造船事業を継続するとか、或は、時宜に応じ造船事業の再開可能の最少限度の設備を失うことなく転活用出来る設備をもつて更生方途に転用する等の措置も考えられるけれども金融機関の協力の得られない限りいずれも極めて困難なものといわざるをえない。さりとて、このままに推移せんか、企業は次第にヂリ貧状態に陥り、自滅に至るは明かなりというべく、かような状況下にあつて、海運界造船界の好転するまで企業の操業を休止し、その間他に工場施設を利用し得られる事業があればそれに転換せん意図のもとに従業員全員解雇を伴う工場閉鎖の措置に出た会社の態度も前述の如き資本主義経済体制の下においては、已むを得ないものといわざるをえない。なお本件解雇後、会社は一部の従業員を臨時雇として保安事務に当らしめていることは証人福田勘太郎の証言により明かであるが、同証人の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件解雇当時においては会社の将来が予測されず、その時機を失しては退職金、予告手当、給料等の支払の見込もつかないところとより已むなくかような措置を採つたことが認められるから、会社の右措置をもつてあながち右就業規則違反或は解雇権の濫用として非難するには当らないものといえよう。従つて、本件解雇は就業規則第七十三条の「已むを得ない事業上の都合によるとき」に該当するものというべきであるから、この点に関する申請人の主張は失当というべきである。

四、本件解雇は会社整理の目的に反して無効か。

会社整理の目的が会社が支払不能又は債務超過に陥る慮がある場合に於て、企業を維持せしめて、会社、会社債権者或は間接に従業員等の利益を保護することにあることは論をまたないところである。しかしながら会社整理の方法は、法に牴触しない限り、経営者の自由に任せられているのであつて、業種の転換その他の方策に依り企業維持を図る為め全従業員の解雇といえども已むを得ぬ場合も有り得るので、それが必ずしも会社整理の目的に反するものとは論ぜられない。

五、本件解雇は公共の福祉乃至公序良俗に反し無効か。

被申請人会社の工場がその設備及び地理的条件に照し、火災、又はドツク内浸水等の災害が発生した場合、保安上その及ぼす影響は大きいけれども、証人福田勘太郎の証言によれば、被申請人会社は本件解雇と同時に、臨時に相当数の人員を雇い、保安要員とし保安業務に従事させていることが認められるから、本件解雇により直ちに、前記の如き災害を惹起する危険を生ずるものとは到底肯認し難いところである。

六、本件解雇は労働基準法第二十条に違反して無効か。

被申請人会社が本件解雇の意思表示をなすに当り、解雇通知書に解雇予告手当として平均賃金の三十日分を昭和二十八年十二月十五日午前九時から午後四時までの間に本社経理課、新湊工場総務課に於て支払うと記載してあつたことは、申請人井田自ら認めるところであり証人福田勘太郎の証言によれば、右解雇の意思表示の時以降、何時でも受取りに来れば即時支払に応じられるよう右支払場所において資金の準備をなしていたことが認められる。

さて労働基準法第二十条に所謂予告手当は債務者たる会社の住居地で支払われるべき取立債務であるからこれが支払は会社がその準備をなし、債権者たる解雇者にこれを通知して、その受領を催告すれば足り申請人井田主張の如き現実の提供を要するものではないから、申請人井田の本件解雇は労働基準法第二十条に違反する旨の主張は採用し難いものといわざるをえない。

七、本件解雇は憲法第二十五条、第二十八条に違反するか。

憲法第二十五条は、国家が国民に健康で文化的な最低生活を営ましめる政治的責務を有することを規定したもので個々の企業者に対し直接この義務を課したものではなく、また同法第二十八条は勤労者のための団結権乃至団体交渉権を保証した規定であるが、使用者もまた法に牴触しない限り解雇の自由を有するものであるから、特に解雇が正当な組合活動をしたことを理由とする解雇、すなわち不当労働行為とならざる限り、憲法第二十八条に違反する解雇とはならないと解すべきである。本件解雇は後に認定する如く不当労働行為とは認められないのであるから右憲法第二十八条違反を問われる筋合ではない。

八、本件解雇は不当労働行為として無効か。

前記第四において認定した如く、申請人組合と被申請人会社との間には、昭和二十八年六月二十七日労働協約が締結され、同年七月二十日これを成文化した書面(甲第三号証の一)が、会社より組合に交付されたにも拘らず、同年十二月四日、組合より会社に対し右書面に会社代表者の署名又は記名押印を求める団体交渉を申入れたのに対し、会社は右署名又は記名押印を拒否したことは、理由の如何によつては団体交渉拒否の一場合として不当労働行為となることも考えられるけれども、本件解雇そのものがこれにより不当労働行為となるとは到底考えられないところであり、他に本件解雇をして不当労働行為と目すべき証拠はないから申請人井田の右主張も採用し難いものといわざるを得ない。

第七、申請人組合は被申請人会社に対し、労働協約書(甲第三号証の一)に署名又は記名押印すべきことを本案として本件の如き仮処分を求められるか。

一般に協約締結当事者間に協定事項につき最終的合意が成立しそれを成文化したにも拘らず、署名又は記名押印をなすべき段階に至つて、協約の成立を欲しない当事者の一方によつてそれが拒まれた場合に於ては、相手方に対しその履行を裁判所に訴求しうるものと解するのが相当である。従つて本件の場合も同様に解せられるから、組合の右請求については一応疎明があるといえよう。申請人組合はこの請求を本案として申請の趣旨の如き内容の仮処分を求めているのであるが、仮処分の附随性の本質から見て、仮処分範囲は本案請求の範囲を逸脱してはならないことはもちろん、その処分は仮処分の目的を達成するに必要な最少限度に止むべきものである。本件につき考えるに申請人組合の求める仮処分の申請の趣旨はいずれも右本案請求権の範囲を逸脱するのみならず本案請求権を保全する目的には何ら供しないものというべきであるから結局本案請求権保全の必要性なきものに帰するものというべきである。しかのみならず、仮に右署名又は記名押印を求める請求が本案訴訟で認容された判決が確定し、会社において右判決に従い労働協約書に署名又は記名押印がなされたとしても、労働協約が労働組合法に規定する法律上の効力を発生するのは右署名又は記名押印がなされた時から以後であつて、それ以前に、その効力が遡及して発生するものとは解し難く、従つて既になされた本件解雇及び工場閉鎖の効力を遡つて、否定することはできないのである。

第八、果して然らば申請人井田の本件解雇が無効であることを前提とする本件仮処分申請は被保全請求権の存在について疎明を欠く点、申請人組合の解雇無効確認請求を本案とする本件仮処分申請は当事者適格を欠く点、労働協約書に署名又は記名押印を求むる請求を本案とする仮処分申請はその必要の認められない点において、いずれも失当というべきであるから、これを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 渡辺門偉男 松田数馬 水谷富茂人)

(別紙目録省略)

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